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谷田貝東京大学大学院教授の講演概要メモ
全木連・全木協連合同常勤役員・事務局長等会議〔研修会〕


   

 

全木連では、平成15年7月29日、標記会議の中で谷田貝 光 克 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授を招き「木材のにおいの生理作用と居住環境への影響について」と題する研修会を開催しました。
概要を次のとおり取りまとめましたのでお知らせいたします。

〔文責:全木連・企画部指導課・細貝〕

 

日  時 平成15年7月29日(火)16:10〜17:40
場  所 虎ノ門パストラル 新館6階「ロゼ」の間

 

研修2  「木材のにおいの生理作用と居住環境への影響について」

講師:谷田貝 光 克 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授

1.シックハウス問題について

私は木にものすごく愛着を持っているので、木からでてくる匂いが体に悪いということを言われると大いに気になる。常に木の味方でいるが、数年前、テルペンが悪者になりかかったときに、テルペンは体にいいということを主張した。樹木の匂いは体によく、TVOCの中にテルペンが入れられているが、逆に、テルペンは体にいいということを常にいい続けている。
それを「樹木の香りとその保健休養機能」1) で触れている。それと、住木センターの「住宅と木材」(2001.7)2) にVOCとテルペンについて触れているものがあるので、この二つについて話をしたい。

木の匂いは我々にプラスになるのだということをこれまで研究してきたが、今の世の中の動きの中で最近問題になっているのは、ムクの木材からホルムアルデヒドが出ているというデータが少しづつ出てきていることである。そのデータであるが実際に出てきている量が体に悪いほど出ているのかということについて話をしたい。
ホルムアルデヒドがアトピーの原因になるとして、さわがれているが、ホルムアルデヒドを放出する物質を減らそうとする動きが出てきている。

最初に、一般的なVOCの話をして、その中で木からでてくるテルペンやホルムアルデヒドがどの程度出ているかについて触れたい。

揮発性有機化合物をVOCというが、全てが悪いということではない。しかし、最近は室内にいろいろなVOCが発生し、それが悪者になっている。例えば、床板の接着剤(ホルムアルデヒド、酢酸ビニルポリマー)、塗料(学校の話題では教室の塗料のトルエン、キシレンのシックスクール)、床下からの防腐剤、防蟻剤が微量であるが室内に入ってきたり、畳は最近は、防虫加工剤が入っていたり、壁紙は可塑剤や塩化ビニルのような難燃剤が、家具は接着剤や塗料が使われている。それから、カーテンやカーペットにも防カビ剤や防虫剤が入っている。そのようなものが必ずしも体に無害なものばかりではないが、我々の体に接触している。

居間の環境問題の発生源

資料:石川哲「化学物質過敏症」より転載

実際にVOCというのは、表のとおりいくつかに分かれている。

最近問題になっているのは、ホルムアルデヒド、クロロピリホス、キシレン、トルエンである。ホルムアルデヒドが悪者にされているが、我々の生活でも昔から使われている。37〜50%の水溶液はホルマリン溶液とよばれ、生物の保存溶液として使われてきた。ユリア樹脂、フェーノール樹脂、メラミン樹脂等の樹脂の合成の原料としてよく使われてきた。ホルムアルデヒドはこのようなもの以外にどのようなものからでてくるかというと、有機化合物を燃やしたとき、自動車の排ガス、木を燃焼したときもでてくる。また、合成建材やムクの木材からも室温で出てくるというデータが最近、研究者によって出されている。

ホルムアルデヒドがどんな濃度で、どんな風に感じるかというと、0.2PPM(1PPM=100万分の1)というのは、臭気を感じるが直ぐになれてわからなくなってしまう。明らかに臭気を感じるというのが0.5PPM、10〜20PPMになると、涙とか咳が出てきて呼吸困難になるといわれている。ホルムアルデヒドの濃度を下げようということで、日本の室内環境のホルムアルデヒド濃度の基準値はWHOにならい0.08PPMとされている。

 

ホルムアルデヒドがシックハウス症候群の原因になるということが言われているが、シックハウスは、目とか鼻、咽、頭が痛くなったり、吐き気がしたり、湿疹がでたり、不定愁訴(原因がわからないがなんとなくだるくて、やる気がない)等がシックハウス症候群であるといわれている。シックハウスの特徴は、原因物質から離れると症状が消えるということである。シックハウス症候群が我が国で広がる前に米国ではシックビル症候群というのがあった。これは、省エネのためにビルの換気回数を減らしたら空気が汚染されて、症状が起こったということであった。これと同じような症状が日本にも起こったことから、(Sick Building Syndrome)の日本版として、シックハウス症候群と名づけられた。

 

シックハウス症候群の一つの特徴として、体に悪いVOCが存在すれば、誰でもかかる可能性のある病気であるということがいえる。化学物質過敏症(多種化学物質過敏症)というのがあり、これはシックハウス症候群よりも症状が進んだもので、症状は似たようなものであるが、違うのは、慢性疾患として、再現性をもっており、微量な化学物質で反応することである。化学物質過敏症になると、PPT(1兆分の1)の濃度でもおきてしまうといわれている。慢性疾患なので原因物質を除去すると改善はするが、微量な濃度で反応してしまう。シックハウスと化学物質過敏症の境は難しいが、区別をされている。シックハウス症候群は原因物質を除けばよくなるが、化学物質過敏症は、多種類の化学物質に反応し、アレルギー的な症状で、特異体質を持った人に起こってくる可能性がある。
米国が湾岸戦争のときに殺虫剤を沢山使い、軍人が化学物質過敏症にかかってしまったということがあった。

 

 

 

 

木材はどうなのかということについての研究例を紹介する。森林総研が中心になって学会などに発表したものであるが、室内空気汚染問題で木質建材からでているVOCがシックハウスの原因になっているのではないかということ以外に、ムクの木材からもVOCが出てくるのではないかという懸念があって、この研究が行われた。

スギ、ヒノキ、ヒバを使い、ホルムアルデヒドを中心にVOCを測定した。JISで決められた「チャンバー法」と研究室独自の「動的ヘッドスペース法」(ガラス器具に試料を入れ、そこからでてくるホルムアルデヒドやテルペンの量を測定するもの)により測定を行った。
試料を入れ、温めそこにガスを流し、出てきた揮発成分を上に上げ、吸着管に吸着させ、それを脱着して、質量分析計(ガスクロマトグラフィー)で分析するという方法で行った。

その結果、1時間あたりの単位平方メートル当たりの放散速度を量り、アセトアルデヒドとホルムアルデヒドがでてくるということが実験からわかってきた。これはたいした量ではなく、測定すれば必ずといっていいくらい出てくるものである。


   資料:森林総合研究所 樹木抽出成分研究室長 大平辰朗 ら

次に、木材を溶媒で抽出したり、超臨界流体抽出という二酸化炭素を使ったもので抽出した場合についてであるが、アルデン抽出(アルコールとベンゼンを混合した溶媒で抽出)したもの、二酸化炭素で抽出したものを動的ヘッドスペース法で分析すると、抽出していないものよりもアセトアルデヒドが沢山出てくるという結果がでている。只、これはここの研究室の結果であって、さらに実験例を増やし、その結果を注視していくことが必要である。

何故、抽出したものから沢山でたかというと、溶媒を使って抽出した際に木材の成分が変化したからではないかと思われる。木材はセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3大成分のほかに、抽出成分という木の匂いの成分、色の成分、木材の抗菌作用の成分などがあり、それが熱をかけて溶媒で抽出している間に成分が変化しているのではないかと思われる。
リグニン、セルロース、ヘミセルロース、抽出成分からも量的には少ないがホルムアルデヒドが放散される。


資料:森林総合研究所 樹木抽出成分研究室長 大平辰朗 ら


資料:森林総合研究所 樹木抽出成分研究室長 大平辰朗 ら

 

2.ものには許せる範囲がある

抽出した後の木材から放散するアセトアルデヒドは、ぎりぎりのところに近い濃度になっている。ヒノキ、ヒバ材から抽出したものからもアセトアルデヒドがでてくる。

資料の中に、「ものには許せる範囲がある」という小文があるが、これはいつも感じていることで、ものには限界というものがあり、その濃度以上になったら体に悪いが、それ以下では入っていても全然問題ないということである。それが、最近はVOCやダイオキシンにしても一般的に神経質になりすぎる。VOCにしてもホルムアルデヒドは体に影響ない範囲であればいいが、それが絶対に入っていてはだめだというように一般の人に誤解されるような方向に来ている。例えば、桜餅の桜の葉っぱは香ばしい匂いがするが、これはクマリンという匂い成分がいいにおいをさせている。クマリンは、米国で犬などの動物の実験をして、発ガン作用があるとして、米国では使用禁止になっている。桜の葉っぱにどれくらい入っているか、どれくらい食べたら癌になるかというと、犬に毎日、1kg当たり100mg食べさせると肝臓障害が現れる。人間だとすると50kgの人に換算すると5gになる。桜の葉っぱにどれだけ入っているかというと1mg以下であり、毎日、5g食べるということになると、毎日5千個の桜餅を食べないとならない。ところが、クマリンが発ガン作用があり、米国では禁止されているということだけが頭に入ってしまい、食べたら癌になるということが先行してしまっている。それに似たようなことが結構出回ってしまっているのではないかと心配する。

化学物質過敏症のような微量でも反応してしまうような特異体質の人は問題が違ってくるが、許せる範囲というのは常にあるのではないかと思う。ものを燃やしてダイオキシン類がでるということについても体に影響がない微量であれば問題ないのではないかと考える。

先ほど、室温の木材からホルムアルデヒドがでてくるということを話したが、これは科学的に証明されている。木材の一番大きな含有物であるセルロースの構造は次のとおりであるが、温度を上げるとホルムアルデヒドの放散が多くなるが、室温に近いところでもホルムアルデヒドはでてくる。しかし、量的には非常に少なく問題はない。

澱粉も糖が入っているので室温では出てないが、温度を上げるとホルムアルデヒドが出て来る。構造的にホルムアルデヒドがでてくるような部分構造をもっているので、全然出てこないというようなことは言えない。
ヘミセルロースの成分からもホルムアルデヒドがでてくる。室温では少なく、温度を上げてくるとでてくる。一番問題になっているのは、木で家を建てたときに、木造からホルムアルデヒドが出てくるというようなことが言われだしており、先走っていることに懸念している。

化学構造的にホルムアルデヒドが出てくるのは当たり前で、問題はその量である。リグニンもホルムアルデヒドが出てくるような構造を持っている。
全然出てこないということは言い過ぎになる。それ以外に、パルミチン酸、ステアリン酸といった脂肪酸からも多少なりともでてくる。抽出成分の松脂の成分のアビエチン酸という樹脂成分からも温度を100℃くらいに上げれば出てくるが、室温で出てくる量は問題にならないくらい少量であるが反応で出て来る。
少しでも入っていたら問題で駄目だということでなく、体に影響のない0.08PPM以下であればあまり問題ないという方向でいくのが正しいと思われる。

テルペンの関係では、これまでに指針値が作成された物質では、総揮発性有機化合物であるTVOCは、1m3当たり、400マイクログラムという数字が2000年12月15日に暫定目標値として出されているが、この中にテルペンが入っていることが問題にされている。テルペン以外でTVOCに入れられているものは、合成品や石油からのものであるが、テルペンは天然物質である。テルペンの中で上げられている3-カネン、αピネン、βピネン、リモネンは、動物実験などをやった際、悪い結果がでたという文献があり、それを引用し例示されていた。テルペンは木の匂いを濃縮すると液体で精油(エッセンシャルオイル)としてでてくるが、精油中には通常50種類以上の化合物が含まれている。特に、リモネンというのはフレーバーとしてオレンジやみかんの皮に沢山入っていて、日本では多くの天然の精油を輸入しており、その大半がオレンジである。オレンジに入っているのはリモネンで、食品として常に匂いを嗅いでいるので、TVOCの中にリモネンが入っているということは心配になる。

3.木の匂いはホルムアルデヒドにプラスに作用

最近、問題になっているのはシックスクールで、この場合には塗料のトルエン、キシレンが問題になっており、トルエンやキシレンを除いたら症状が軽減したという報告が多く寄せられているが、木の匂いは、ホルムアルデヒドなどを吸着する作用があるので、逆にシックスクールを押さえる働きをしていると思われる。

スギからどのような匂いがでてくるかというと、デルターカジネン、アルファームロレン、ツヨプセンというものが入っており、スギの匂いとして沸点の高いものが沢山入っている。
ヒノキには、デルターエレメン、ボルニルアセテート、リモネンといったものが入っている。
面白いことに、湿った場合と乾いた場合とでは、出てくる成分や量が違う。含水率74%の湿潤状態と含水率7%の乾燥状態とで匂いを採ると、入っている成分は同じであるが、成分の含有率が変わってくる。従って、木の匂いも変わってきて、湿った梅雨時と冬の乾燥状態の木造住宅の室内の匂いは多少変わってきる。モノテルペンは沸点の低いものであるが、普通、木は木部のものと、葉っぱでは匂いが大分違う。入っている成分は50以上でほとんど同じであるが、匂いが違うのは入っている成分の含有率に差があるからである。葉っぱの場合は、揮発性のモノテルペンがものすごく多く、揮発しやすくて、匂いが強く、爽やかな感じがする。材部の方は、沸点が高く、揮発しにくくテルペンの含有率が高いので、どっしりとした落ち着きのある匂いがする。それと湿ったときと乾燥したときでは匂いが違ってくる。乾燥したときは木材の匂いは木材的な匂いがするが、湿ってくると揮発しやすいものの量が増えてくるので爽やかな感じになる。

匂いがその時の湿度によって変わってくるということを研究している人がいて、例えば、クチナシの花では、クチナシの自然の匂いを採るため、一番天然に近い方法が最近開発された。アクアスペース法という方法で乾燥したときよりも少し湿った朝露のあるような時に植物本来の匂いがする。実際にクチナシの花を加湿し、測定してみると、成分的に違ってくる。アクアスペース法と匂いだけ採ったヘッドスペース法では、同じクチナシでもヘッドスペース法だとオシメンという化合物が大半であるが、アクアスペース法だとリナロールという化合物が大半となってしまう。これが花本来の匂いであるが、湿度によって大分匂いが変わってしまう。

成分を調べていくときに、ガスクロマトグラフ/質量分析計を使うが、例えばヒバの木材の匂い成分は沢山あるが、いっぱい入っているのがヒバ材の匂いかというと、アロマグラムを作成する測定法(匂いが出てきたときにどのくらい匂いが強いかということを鼻で匂いをかいで強さを判定する方法)では、ツヨプセンというヒバ材に大量に入っている成分は意外と匂いがしない。ヒバの特徴的な匂いの成分は、クパレンとかカジノールなどの化合物である。成分の量と匂いの強さはまったく違う。その匂いも湿度によって変わってくるということがいえる。

テルペンがTVOCの中に入ってしまうのは困るということはこのような例からである。また、横浜国大の中西先生が発表した新築木造住宅の室内空気の経時変化では、新築の木造住宅からでてくるVOCを測定した例であるが、その中でテルペン類を4月10日に図ったときは、740マイクログラムで400マイクログラムの暫定目標値をはるかに超えてしまっている。それが時間を経過するとテルペンは減少し、5月16日には180マイクログラムに落ちている。それに比べて合成品は減り方が遅いという特徴がある。テルペンは最初の時には結構匂いが強いということがあるが、それほど体に悪いというようなことまで考える必要はないと思われる。

次に、木の匂いというのは逆に我々にとってプラスになるという話をしたい。実験で、木から抽出した精油にホルムアルデヒドを通すと、精油がホルムアルデヒドを吸着する。接着剤などからでてくるホルムアルデヒドを吸着する。これはいろいろな木の匂いであるが、ヒノキの油、ユーカリやトドマツなどいろいろあるが、材料よりも葉っぱの方がホルムアルデヒドを除去する力が強い。

木材でもヒノキは、ホルムアルデヒドを半分以上吸い取るという結果が出ている。このようなことを利用して、建材などに精油を入れて、ホルムアルデヒドを吸着する製品などがいろいろ考えられている。
これは、テルペンというのは反応しやすく、一つには二重結合にホルムアルデヒドを吸着するメカニズムが考えられる。消臭作用のメカニズムはマスキング、中和、付加などいろいろ考えられるが、精油の場合は、精油の中に50種類以上の物質が入っているので、それぞれの化合物がいろいろな反応を起こしている。それだけに、いろいろな悪臭に対応できる。

ホルムアルデヒドだけでなく、アンモニア、二酸化硫黄、二酸化窒素、酢酸などを木の匂いが効率よく取ってくれる。特に、二酸化硫黄には効率がよい。精油を5%(95%がエタノール)に薄めた精油でも60PPMの悪臭を100%取ってしまうという強さがある。
森の中に入って、動物の死骸があっても意外と腐った匂いがしないというのは、植物の精油が消臭作用を発揮しているからといわれている。また、2002年にヒノキの油脂でジーゼルの排ガスの微粒子を除去してくれるというような報道もあった。

木の匂いがいろいろな働きをしているということを話したい。
木材の中にテルペンと主体とする精油がどれくらい入っているかというと、ヒノキで100g当たり、3〜4ml含まれている。スギよりもヒノキの方が強い匂いがするというのは、量的にも多いし、入っている成分にも匂いが強い成分が入っていることにもよる。精油が多いということは成分の種類にもよるが抗菌性、防虫作用が現れるということがわかっている。

木の匂いが体によいということが言われているが、今から10年以上前、森林総研にいた際に、茨城県の大子のスギ林に移動式の精油採取装置を持ち込み、木を切ったときに出てくる枝や葉を材料に精油を取った。林地残材を有効に使おうという目的で研究を始めたが、葉っぱとか枝を入れて、水で煮立てて、蒸気と一緒に精油がでてくるので、冷却すると、水の上に精油が浮くので、それを採る。この精油が体にどのような影響があるかということをネズミの回転ケージを使って実験すると、部屋にスギやヒノキ、トドマツの匂いを置き、その濃度も何段かかえて、その時にネズミが何回くらいケージを回転させるかという運動量を測定した。濃い匂いの場合、薄い場合、匂いのない場合について実験すると、匂いのない場合よりも薄い匂いの方が回転数が上がり、活発に動き回る。濃い匂いになると匂いがない場合よりも動きが鈍くなるという結果がでている。これだけで判断するのではなく、毎日食事を一定量食べているか、一定量づつ体重が増えているかということを勘案して、運動量が多ければ快適に動き回っているという結論に達した。
具体的には、1PPM以下なら体にプラスになり、逆に濃度が高くなるとストレスを感じる。

北欧では、針葉樹をチップにしている工場の近くに行くと、テルペンがパーセントにちかい濃度になるので体に影響を与えるということを懸念して研究をしている人がいる。いくらいい働きをするといっても濃くなれば逆にマイナスになる。濃度が問題になる。先ほどの「ものには許せる範囲がある」の許せる範囲以上になると逆効果になる。

只、自然の中で我々が体に触れる濃度は、先ず、体にマイナスになるようなことはない。木造の住宅でも新築のうちは強い匂いがあるが、それほど心配することはない。実際、PPM以上の濃度で、体にどの程度悪い影響を与えるかということについては、データがないので、これからデータを作っていく必要がある。わかっていることは、先ほどのαピネンでは75PPMで頭痛がするということがわかっている。森の中の濃度や木材から出て来る濃度はPPBであるので、問題ないといえる。100PPMを超えるとその場所に入れなくなるということもわかっている。

したがって、テルペンの濃度が濃いときにおかしくなる可能性があるが、自然の木から出てくるものは体に悪いということはないと思われるが、薄い濃度のときにどの程度までが許せる範囲であるか医学的なきちっとしたデータを出していくことが必要であると思っている。

森林総合研究所が行った研究結果で、木材の香りで薄い濃度の時に、血圧が下がって安定化すること、脈拍も下がって安定化するという結果が出ている。台湾ヒノキを使っているものであるが、医学部の内科のグループも同じような結果となっている。特に、血圧の高い人が木の匂いをかいだり、森林浴をすると血圧が下がって落ち着くという結果が出ている。今年、岐阜県の下呂の奥で似たような実験を専門的に行うということを聞いている。

木の匂いをかいでもらいその時の脳波を調べることがヒバ材を使って行われている。脳波にはいろいろな種類があるが、CLVと呼ばれている脳波のパターンを見て、覚醒又は鎮静作用を判断する方法がある。カフェインを飲んだときは覚醒作用があり、鎮静剤を飲むと鎮静作用が現れるが、その時の脳波のパターンと木材の匂いなどのパターンを比較して鎮静か覚醒を判断する。ヒバ材の場合、ほとんどの人に気分が静まる鎮静作用がある。木材の匂いの場合は、気分を鎮める鎮静作用があり、葉っぱは頭を爽やかにする作用がある。家の中の柱や板は気分を沈める作用があると考えてよいと思われる。

先ほどの内科の先生の結果では、同じような地形のところを選び、森の中を歩いたときと、森の外を歩いたときを比較し、森林内を歩行すると血圧がグーと下がって安定するという結果がでている。これは、森の中なので木の匂いに限らず、爽やかさ、静かさ、緑の色などが関係しているが、森林の中を歩行すると落ち着いて安定するという結果である。その時のストレスホルモンがどれだけかかっているかということを調べると、森林内歩行のときのほうがストレスを図る血中のコルチゾールの濃度が下がってストレスが軽減されるという結果が出ている。

最近は、スギとかヒノキの成分でぐっすり眠れるという記事があったが、これは、セドロールという成分で、エンペツビャクシンに大量に入っている殺虫作用があるもので、不眠症で寝つきのよくない女性を対象にすると寝つきがよくなったという結果が紹介されている。この関連では関連特許がいろいろと出されているが、セドロールはヒバ、ヒノキ、スギにも入っていて、皮膚の肌あれやかさつきを防止する効果があると特許が出されている。

木材学会で発表された森林総研の研究者のデータでは、木に触れたときに快適性が現れるということを血圧を毎分測って調べている。木に触った時は血圧が100(コントロール)よりも下がって安定化する。金属に触ると逆に上に上がってしまうという結果がある。これは木材というのは孔がいっぱい空いていて、熱を奪われる率が少ないので接触感が温かい感触があるのでこのような結果が出てきていると思われる。

木造の校舎の中では、先生の抑鬱状態とか一般的疲労、気力の減退がコンクリート造りの校舎に比べて少ないということで、木造の校舎が落ち着きが出てくるということがいわれている。

茨城県つくば市の数年前に建てられた茨城県産材のスギで造られた小学校は、入るとスギの匂いがする。スギの匂いは建築後直ぐは匂いが強いが気分を悪くするものではなく、気分を落ち着かせる匂いで、このような中で勉強すると小学生の気分が落ち着き勉強が進むようになったということをその小学校の先生が言っていたことを覚えている。

埼玉県比企郡玉川村の玉川小学校では、木の机を親子で組み立てて使っているが、地場産の木材を使って、親子で組み立てることはいいことである。玉川小学校では、校舎が古くなったので建て替えを検討したが、億以上の建てかえ資金がかかることから、内装だけ木造にした。内装を木造にした結果、インフルエンザが減少したとの新聞記事がある。この学校の先生が校舎の内装を木造にする前と後の温度と湿度を連続して測定していて、木造にした後は、冬になっても乾燥している日が少なくなったことが、インフルエンザが減少した原因ではないかといっている。この役場の方と森林総研が一緒になって、木の匂いを調べ、匂いの働きも調べることを現在行っている。

4.木材の抗菌性

木とか植物に備わっていることで非常によいことは、抗菌性を持っていることである。昔から食べ物を木の葉っぱや笹の葉っぱに包むのは、抗菌性があって食べ物を長持ちさせるという作用があるからである。木にもその様な作用があり、カビの類でフザリウムというものがあり、それを寒天の中に加えると、増えてしまうが、ヒノキやヒバの匂いを加えるとカビが生えるのがおさえられる。このようなことが昔から言われているが、どの程度で木や草の匂いに抗菌性が出てくるかというと、1000PPM(0.1%)とか100PPM(0.01%)といったところでヒノキやヒバの材が効果を発揮する。合成品になるともっと強くなるが、天然の木材の抗菌性はこの程度であるので、これを過信してはいけないと思う。例えば、森の中に入って、服についているカビが木の匂いで殺されてしまいきれいに浄化されると思うと間違いである。森の中の大気中の匂いは1PPM以下であり、体についているカビが殺されることはない。

ところがこれを応用し、合板の下の接着剤に精油を入れて壁などに貼ると、その部分の濃度は局部的に高い濃度になるので、板にカビが生えにくいということはあるが、大気中に飛ばして抗菌性を持たせるということになるとかなりの濃度にしないと抗菌性が出てこない。確かに抗菌性はあり、ヒノキの抽出成分が院内感染の防止にも役立つということで、MRSAという抗生物質でも効かない葡萄状球菌があるが、そういうものでもヒノキの成分がきちっと抑えてくれる。天然物というのは相手に耐性を作らせにくいというところがある。合成品だと相手の耐性がそれよりも強くなってしまうということがあるが天然物はそういうことがないので、抗菌性ということがでてくる。

ヒバ材のヒノキチオールは、抗菌性が非常に強いといわれ、いろいろなところに使われてきている。最近、話題になっていることは精油にはダニを抑える力があることである。最近の住宅はダニが増えてきているといわれているが、これは高気密・高断熱が原因であると言われている。最近は、その様な住宅でも循環がよくなって、一部的に湿度が高くなるようなことはないようであるが、その点ではこれからはダニの繁殖は少なくなると思われる。木にはダニを抑える成分があり、日本で使われている用材の精油をとり、それを置いておくと、1平方cmあたり、32マイクログラムという非常に低い濃度で3日も置いておくとダニがほとんど死んでしまうという結果もでてきている。これを利用して、先ほどの合板の接着剤に精油を入れて防ダニ用合板なども開発されてきている。

木の匂いではないが、木炭の製品開発が行われ、実際の製品として、林野庁の技術研究組合で、ある企業が開発したVOCを吸着するのに木炭を入れた建材が最近最近話題になっている。また、鹿児島県で竹炭ボードというものを作っており、これがVOCを結構吸着するということでそのようなボードも開発されている。炭にはホルムアルデヒドを吸着する結果が出されている。森林総研が実施したものでは、ビスフェノールとかフタル酸ジエチルというような環境ホルモンを木炭が効率よく吸着するというようなことも最近、わかってきている。例えば、アカマツの炭で環境ホルモンが効率よく除去され、除去率100%というものがある。環境ホルモン濃度50PPBをアカマツ炭に通すとほとんど除去されるという結果がでてきている。

木の匂いがTVOCなどで悪者になりかかっているが、決してその様なことはなく、もっとうまく利用してもらいたいと考えている。例えば、最近話題になっているものにアロマテラピーというものがあるが、植物の匂いを体に浴びていろいろな症状を治そうということが行われている。最近は、香り風景100選として、香りのあるとことにいろいろな風景があるということでいろいろな匂いが注目されているが、室内の木の匂いもうまく利用すればもっとよい利用法があるのではないかと思われる。

資料に、「科学の時代にこそ自然を」というものがあるが、今ほど科学が進歩して急速に便利になっているが、こういうときこそ自然に還って、機械的なもの、合成品から離れて自然をもう一度見直してほしい。木材ももう一度見直し、大切にしてほしいと考えている。

 

 

 

 

 

 

 

AROMA RESEARCH 創刊号
■総説
樹木の香りとその保健休養機能 谷田貝光克
フルグランスジャーナル社 発行
〒102-0072 東京都千代田区飯田橋1-5-9 精文館ビル1F
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雑誌『生物の科学 遺伝』 2000年1月号(54巻1号)
エッセイ・自然と私/科学の時代にこそ自然を(谷田貝光克)
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