ロシア調査概要

(1)      ロシアの違法伐採(現地調査より)

 

ア.違法伐採の存在

違法伐採が存在していることは、環境NGOだけではなく、政府関係者・森林管理者を含めて全て関係者が認めている。しかし、どれだけあるかということに関しては、人によって大きく異なる。

今回の調査においても、調査対象者によって最小は1%から30%(100%)まで大きな開きがあった。一般的に天然資源局や森林管理局のような当事者は低く見積り、研究機関、環境保護行政組織、NGOは高く見積もる傾向にある。

ロシア政府の公式見解は1%であるが、問題自体があることを認めており、また連邦・地方レベルで対策を議論するようになっているため、政府レベルでの協力の可能性は存在している。

 

イ.違法伐採の定義

このような相違が生まれる第1の原因は「違法伐採」の定義をどう考えるのかが異なっているためである。

純粋な盗伐のみか、規則違反、表向きは違反ではないが内実は違反など、どこまでを違法伐採とするのか。今回の調査団による聞き取り調査においても、「規則違反」と「盗伐」を分けて考える人、両者を一括して考える人双方がおり、違法伐採の定義をはっきりさせるべきだとする意見も出された。

違法伐採の内容を図示すると下のようになると考えられる(グラフの長さは比率を反映していない)。実際の許可伐採量より多く伐採しているもののなかには、盗伐、資源把握のミスにより許可量より伐採対象地の資源量が多かった場合、伐採区を越えたり、対象樹種以外の樹種を伐採するなどの規則違反が含まれる。また、許可量に含まれているが方法が規則や許可条件に違反しているものも存在している。「純粋な盗伐」の比率はそれほど高くはないと思われる。

これら違法伐採のほとんどは、企業や組織的な違法行為集団によって行われていると考えられる。地元住民が窮迫的に燃材や生活に必要な材を盗伐するといったケースもあるが、量としては限られたものである。

 

このほかに文書の偽造・使い回しなどもあるというが、実態はよく分かっていない。

「合法的」でも先住民の権利に関わって問題とされる場合もある。例えば沿海地方には先住民の伝統的土地利用を保護する法制度が整っていないため、法律に基づく手続きで伐採権を取得しても、先住民の権利を配慮していないとしてクレームがついた事例がある。NGO等はこれらも広義の違法伐採に含めるべきだとしている。

このように違法伐採の現状把握に関する相違の原因の第2はきちんとした調査が行われていないことである。それゆえ、様々な情報をもとに各自が推測した数字がとびかっているのが現状である。

ただし、これを正確に把握することは技術的に難しいだろう。NGO等は衛星写真などを利用しながら実態把握をする試みをしようとしているが、資金的にも人的にも限界があり、どこまでできるか疑問である。また、こうしたモニタリングのためには、各レスホーズで出されている伐採許可をすべて収集し、さらにそれを地図情報化し、衛星写真と比較するという作業を行う必要があるが、調査の正確性を期するためには山火事や気象害などといった撹乱などの状況もおさえる必要があるし、また択伐や衛生伐の実態を把握できないためにこうした調査でわかることには限界があることを認識しなければならない。

 

ウ.森林管理の法制度

現在の森林管理に関わる法制度・規則は整備されており、かなり詳細かつ厳しい施業規制が存在していることは、一部NGOを除いては認めている。

一方で、こうした制度がどこまで実行されているのかについては、当事者である森林管理組織を除いては疑問視している。規則が厳しいので、これを厳格に適用し、規則を遵守して実行されている伐採以外の伐採を違法伐採と考えるならば、その比率は非常に高くなる。前述のようにどこまでを違法伐採と考えるのかが問題で、ロシア政府としては他国の森林施業基準との対比で自国の違法伐採の程度について反論する余地が残される。

また、ロシアの森林管理組織は認めていないが、その他の多くの関係者は、レスホーズ(国有林管理機関、森林管理署に相当)自身が自己資金獲得のために行っている衛生伐採が多くの場合違法伐採であるとしている。レスホーズに対する連邦政府からの資金割り当てが大幅に不足しているため、レスホーズとしては自己資金を稼がなければ、組織の維持が難しく、このことが自ら違法伐採に手を染める大きな原因となっているという指摘がある。優良といわれているレスホーズの場合でも衛生伐採によって資金を獲得していかなければ、組織の運営が出来ない。しかしその実態や数量的な面については確認できていない。

 

エ.職員の綱紀

森林管理機関の職員が違法伐採に関与しているケースがあることを多くの人が指摘している。意図的に虚偽の文書を発行するといった積極的なものから、違法行為を黙認するといった消極的な協力まで関与の仕方はさまざまであるが、いずれにせよ多くの場合職員の協力なしに違法伐採を行うことはできない。

この背景にあるのは職員給与の低さである。月給20-30ドルという最低レベルの給与しか得ていない職員は賄賂の「誘惑」に勝てない。「優良事例」のレスホーズは、独自資金によって職員の雇用状況を改善しており、これが職員の士気を向上させ、違法伐採の抑制に働いている可能性があるが、上述のように自己資金を獲得するための衛生伐採の内容が問題となる。

職員の綱紀に関しては、森林局だけの問題ではない。例えば、違法伐採された木材の輸送を取り締まる交通警察などについても同様の問題が生じている。ロシアの行政組織に腐敗が蔓延していることは、一般的に指摘されており、この問題が解決されない限り、違法伐採の根絶は不可能であろう。

なお、こうしたレスホーズの財政難が原因で、違法伐採や違反行為をきちんと監視し、撲滅することが出来ないということも事実であろう。レスホーズ職員の中には自らの責務を果たしたくても、車もガソリンも携帯電話もない中で、近代装備をそろえた犯罪組織には太刀打ちできないだろうと指摘するものもある。

 

オ.違法伐採の実行者

違法行為を行うのは、小規模な業者が多い。ある程度規模の大きな企業はしっかりしていることはNGOも含めてほぼ一致した見解である。木材生産は現金を得るには手軽な産業であり、偽造文書の横行などが小規模業者を違法伐採に走らせている。大規模業者も偽造文書を持った小規模業者から違法な材を買っているというNGOの指摘もある。こうした小規模業者は極端な場合、一時の違法伐採を行うためだけにダミー的に設立されるなど、短期間に設立・廃業・転業を繰り返すためその把握が困難である。

ハバロフスク地方政府では林産業の体質強化という方針のもとで、森林利用権配分に当たって、伐採権の規模をできるだけ大きく設定するなどして小規模業者の淘汰を進めている。このほか、小規模・大規模を問わず、違反行為を繰り返した業者の伐採権を剥奪するといった対策をとっているが、事態の根本的な解決には結びついていない。

また中国との国境近くでは中国企業が直接・間接に関与した違法行為が多いということもNGOを含めてほぼ一致した見解である。特に沿海地方、ハバロフスク地方南部におけるナラ・タモなどの広葉樹・チョウセンゴヨウをめぐって問題が生じている。

また国境貿易については、中国側の税関のチェック体制がしっかりしていないということがさらに対策を難しくしているといわれている。

 

カ.違法伐採問題への対応

違法伐採問題は前述のように構造的な問題だけに即効的な対策はない。

ロシア連邦政府は現在合法的に伐採された木材について制度的に認証を行うということを考えているが、これに対してNGOは実質がともなうか懐疑的で、有効な対策として認められないという意見を持っている。

FSCによる認証に期待を寄せているが、極東地域の木材の市場である日本も中国等も認証を求めていない。もしも日本などからの認証材への要求が強まると、中国に市場をシフトするだけということになりかねない。

木材のトラッキングを主張するNGOがあるが、電話さえまともにないようなレスホーズの出先組織がある中で、これを実行するのは実質的に困難であるという指摘もあった。レスホーズの財政難が大きな問題であるが、これを解決するのは当面不可能である。

いわゆる盗伐については、規制強化による対応が可能ではないかと考えられているが、これとても制度の運用に問題がある。

このような違法伐採対策の検討にあたって当然のことながら林業に依存して生活している人々のことも考える必要がある。昔ながらの狩猟生活者や先住民の森林利用にも配慮した規制が必要である。

 

キ.NGOの動き

国際的なNGOの中には、ロシアの森林保全・違法伐採には大きな関心をもっている組織があり、ロシア国内のNGOと連携をもち、共同調査などを行ってきている。例えば、

Specialized Inspection “Tiger”にみられるように違法伐採対策に資金支援までしている国際的NGOがる。

ロシア森林保全という点である程度成果をあげつつあるヨーロッパ地域とネットワークしている。これとの対比で極東シベリアの状況が「評価」されることを念頭に置く必要がある。

 

(2)      シアの違法伐採対策をどう考えるか

 

(*本項で述べる事例・調査のほとんどは前述の全木連調査とは別個に柿澤個人が行ったものによる)

 

ア.ロシアにおけるNGOのこれまでの取り組み

(ア)  調査記録でもふれたように、NGOが調査・宣伝活動を行っているほか、WWFが特別査察隊の創設・維持に対して資金援助を行っている。

(イ)  FSC認証についてはすでに取り組みが行われており、ロシアに進出したヨーロッパ企業・合弁企業などがFSC認証の取得をしている。極東においては認証センターが設立され、テルネイレスが作業に入っているほか、フローラが関心を示している。

(ウ)  スウェーデン・フィンランドの環境NGO、タイガレスキューネットワークと林産企業の連携によってロシア原生林保護運動が展開している。これについては後述する。

 

イ.連邦政府の取り組み

(ア)1997年に制定された森林法典において「認証」が義務付けられたこと、また違法伐採が問題とされてきたことから、連邦政府として“mandatory certification“の制度化に取り組んできた。

(イ)1998年から99年にかけて政令・規則が制定され、大きな枠組みの構想が示された。認証取得者は伐採業者で伐採権を得た森林を対象に認証を行い、認証材を流すことまで想定されていた。また、ゴススタンダード(国家の規格機関)のもとに認証センターを置くこととした。

(ウ)基本的には伐採地から消費地まで文書でたどれるシステムを考えていた。沿海地方で試行も行われたが、紙の片面に流通・加工に関わったものがサインしていくだけで実効性がない単なるペーパーワークに終わってしまった。

(エ)  このように強制的な認証が、実現寸前まできたが、森林局廃止、天然資源省の混乱などで実現は大きく遠のいた。特に現在、天然資源省は森林に関してまともな政策形成をできるような状況ではなくなっており、当面連邦政府としての有効な対応は望めそうもない。

(オ)  仮に連邦政府が本腰を入れても、何度も指摘してきているように、森林管理組織、さらにいえば政府組織全体に腐敗が蔓延しているため、政策が何処まで動くかについて疑問が多く、また環境NGOは総じてこうした認証に対する不信感を表明しており、違法伐採対策の切り札とはなりえない。

 

ウ.地方政府の取り組み

(ア)沿海地方政府など地方政府も違法伐採対策の必要性を認識しており、広葉樹材の流通などを通して違法伐採対策を行うことを試みている。また、ハバロフスク地方でも、違法行為を行った企業の伐採権を剥奪するなどの措置をとってきている。

(イ)しかし、ここでの問題は森林を管理するのは連邦政府の機関であり、森林局廃止および全体的な中央集権化の流れの中で、地方政府と連邦森林管理機関の連携がとりにくくなっていることである。かつては地方森林管理局が連邦森林局と地方政府双方の指揮下にあったが、行革の結果地方政府との関係は切れている。

(ウ)違法伐採対策は伐採現場を抑えることが基本であるが、上記のような理由で地方政府がこの部分に踏み込めないため、地方政府の対策には限界がある。

 

エ.北欧のとりくみを参考にした違法伐採対策

(ア)先に述べたように北欧を中心としてさまざまな取り組みが行われているが、それはNGOと林産企業の協力によるものであることに特徴がある。NGOへの聞き取り調査では、ロシア政府の対応には時間がかかるし、そもそも信頼性が低いため、自主的な取り組みのほうが有効であるという回答が多かった。

(イ)ヨーロッパロシアにおいては原生林の消失が著しいため、運動の焦点は原生林保護にあてられている。NGOが中心となって原生林のマッピングを行い、これをもとにしてロシアから木材を輸入している企業に原生林から伐採した木を輸入しないことを求める運動を行った。EU市場を対象としているために多くの林産企業は環境問題にセンシティブであり、この運動(原生林モラトリアム)に協調する企業が多数に上った。ここで林産企業は原生林が存在する地域からの木材購入を避けることとし、このために伐採地をきちんと同定できるシステムを導入しようとした。これは違法伐採対策にとっても基本となる手法である。

(ウ)具体的に伐採地をはっきりさせるために取られている方法は以下のようである(スウェーデン企業に対するアンケート調査に基づく)。

@    現地の森林関連法規がきちんと執行されていることを信じる。

A    輸出業者を信頼する

B    企業としての基本的な環境・購入政策を設定する。

C    購入者と販売者の間で伐採地を特定できるような文書契約を交わす。

D    伐採地までトラッキングできるシステムを導入する

E    伐採地を訪問しチェックする

F    供給者を信頼できるものに制限する

G    現地伐採業者を所有する、緊密な関係をもつ

H    ロシア国内のパートナーを教育する

I    FSCなどの認証を導入する

(エ)上記のうち、@Aについては、実質的に何もしていないということに等しく、またBは一般的な方針策定にとどまっている段階であり、有効な対策ということはできない。一方、DやEは有効な手法といえるが、前者に関しては伐採現場までを傘下に納めている企業で有効であり、後者の手法については常に伐採地をチェックできるわけはないので企業自身が限界を認めている。

(オ)ヨーロッパロシア部ではインフラ整備が相対的に進んでおり、また「地続き」であることもあってロシアへの直接進出が多くみられる。このことがDEG等の手法を可能とさせているとみられる。また、基本的にはEU市場の圧力が北欧企業に働いており、さらに北欧企業がロシアに対策をとるということになっており、市場における環境圧力の役割が大きい。国内における環境対応とセットになっている。

(カ)ただ、それでも小規模中心に@Aの段階にとどまっている企業が多いし、積極的に取り組んでいる企業でも「毎日現場に行っているわけではない」「100%の保証はできない」といった答えをせざるを得ない状況にある。

 

オ.考えられる対応

(ア)以上のように、さまざまな対応が考えられるが、問題が構造的であるだけにどの対応も限界をもち、部分的な解決にしかならない。そもそも、森林管理機構の信頼性が低いことが問題で、これが改善されないとどうしようもない。

(イ)このため、さまざまなレベルでさまざまな方法を試みていく積み重ねが必要である。以下、可能と考えられる対策をられる的に掲げる。

(ウ)国内消費者向け

@   違法伐採問題を知ってもらう、産地の事情を知ってもらう

A   「賢い消費者」として商品選択、供給者への圧力

B   ただし、諸刃の剣。日本の場合「消費者」は誰か?

(エ)連邦・地方政府レベルでの対応を促す

@    森林管理組織の改革を促す。調査事例(チュグエフカレスホーズ)で見たように現行制度の枠内でもできることはある。

A    地方政府として、伐採権のコントロール等による伐採業者の信頼性の向上、流通過程を通して違法伐採対応を促す。

B    リモセン・GISなどを使った違法伐採のモニタリングシステムの共同開発。現状と動向を把握しない限りは対策の講じようがない。

(オ)企業・NGOレベルの取り組み

@   上述のスウェーデン企業のとりくみを参考として業界としての対応を考える。

A   トラッキングの試行。

B   認証、第3者によるauditシステムの導入を考える

@    ロシア国内企業への働きかけ、上述(エ)Aとの連携。